教習所の教員に生徒が求めること

教習所の教員に生徒が求めること

運転免許1

教える立場、教わる立場、両方に、相手に対しての敬意が必要だと感じたことはないでしょうか。私は数年前に自動車教習所を卒業した身でありますが、今日常的に運転するようになって、あの時こう教えて欲しかった、と思うことがしばしばあります。

最も簡単に言い表すならば、生徒と言えども一人の人間として敬意を払って欲しかった、その一言につきますが、具体的にそう感じた出来事について、記していきたいと思います。

やる気を削ぐ熟練者の一言

教習所の教師に対して一番最初に不満を抱いたのは、S字カーブの練習をしていた時でした。

当時私は数年ぶりにまともに車を運転する機会が目前に迫っており、そのため、ペーパードライバー講習を受けていました。S字カーブに差し掛かった時に、「おっとおっと」というような声を、教師が発したと記憶しています。

車はS字カーブを曲がりきれるか、曲がりきれないか、私の目にはギリギリに見えていました。けれども、私は教師の発言から、感覚としてよりも先に、「ああ、このままだと脱輪するんだな」と直感しました。自分の目で確かめたわけでもなく、教師の反応で察してしまったことを、非常に残念に思いました。

彼の発言のために、私は現状がどうであるか確認する、という行為に、急に虚しさを感じてしまったからです。本当ならば、今車が道の中でどのような体勢になっており、それはどんな操作によるもので、このような失敗を繰り返さないためにどんな操作が必要なのか、それらを考えなければならなかったのですが、「ああ、脱輪するな」というような教師の発言で、そのような気持ちは一気に萎えてしまいました。

「やってみれば?」というアドバイス。解決策は教えず、透けた悪意に嫌悪感が募る。

教師の声に反応しブレーキを踏んだ私は、「どうすればいいですか?」と尋ねました。教師の答えは、「やってみればいいんじゃない?」というものでした。おそらく二人とも、このままだと脱輪すると思っていたことでしょう。

私は年長者として、知識人として、教師に現状からのリカバリー方法を教えて欲しかったのです。現実でもこのような自体は起こるかもしれなくて、そんな時のリカバリー方法も教えてもらえるんじゃないか、それが教師の仕事なんじゃないか、と思い込んでいたのです。

そのための「どうすればいいですか?」だったのです。けれども、教師は「やってみたら」というばかりで、まるで私が失敗するのを待っているかのようでした。そして、その考えにはなぜか、悪意が感じられたのでした。こちらが必死に学ぼうとしているのに、まるで能無しを相手にしているかのような態度に感じられたのです。

この瞬間、私はこの教師のことが信用ならなくなり、結局私は、車がどんな状況にあるのかもわからず、とりあえず車をバックさせるしかありませんでした。教師が言うように進んでみて脱輪することは、どうしても嫌でした。

生徒に優しい教師なんて、教習所にもいない

私がどうにかS字カーブに入る手前まで車の位置を戻す間、教師は一言も発しませんでした。けれどもようやく停車すると、教師は、「内輪差があるからね。あのままで行ってたら落ちてたよ」と、なんでもないことのように言いました。

内輪差。聞き覚えがあった言葉でしたが、4、5年のブランクのあった私には。いまいちピンときませんでした。けれども、それがカーブを曲がる際に重要である、ということはわかっていました。私は教師に、「はぁ」としか返せませんでした。

教師に対する不信感が、「内輪差ってなんでしたっけ」という一言さえ、私の口から出させなかったのです。そのため、車の構造をうまく理解できず、ただ失敗した、という嫌悪感だけを抱き、私はまたS字カーブに挑むことになりました。

確かに、年長者であり教習所の教師である彼からしれみれば、私は未熟者に写ったでしょう。けれども、アドバイスを求めた時にくれず、後からあれはよくなかった、と口を出してくる態度は。非常に腹がたつものでした。脱輪しそうだと思ったのなら、その回避方法を教えて欲しかったです。

例え「一度失敗した方が技術が身につく」と考えていたのだとしても、私が求めていた技術はリカバリーであり失敗の経験ではなかったのです。意思疎通がうまくなされないまま、講習は続きました。

大学時代、平日を中心に鹿児島市の教習所へ通ってバイクと車の免許を取った体験談

ためにならない講習

それからS字カーブに再挑戦した時も、教師は始終無言で、私の予定表や何かしらの挟まったファイルを見ているだけでした。私は不満を募らせました。知識と経験があることを振りかざして、生徒を見下していたように感じたからです。

何も起こるはずがない、とるにたらないこと、私の不安や緊張なんてどうでもいい、そのように、彼が私の授業を感じているように思ったのです。それが事実でなかったとしても、私は彼に、ひいては会社自体に不満を抱くようになりました。

今後も、あの会社を他人にすすめることはないでしょう。たった一回の講習で、私はそこまで深くあの会社に嫌悪感を抱くことになりました。

知識と技術と、何よりよい教師を求めている

初心者マーク2

教習所に通う第一の目的は、勿論運転免許を取得することです。けれども、運転免許が取得できるのであれば、その他はどうでもいい、というわけではありません。今回のような態度の教師にあたってしまうと、そもそも運転免許取得へのやる気がひどく削がれますし、それは実技や座学にも悪影響です。

教習所の教師のよしあしによって、生徒のモチベーションは大きく変わります。教習所の教師に求めるのは、勿論安心して師事できるだけの知識と、経験と、何よりそれを教えようとしてくれる心持ちなのです。そのことを、忘れないでいてほしいと思います。

他人相手の仕事ですから、疲れることも、面倒なこともあると思います。何度も同じことを別人に初めから言わなければいけないことは、きっと苦痛ですらあるでしょう。けれども、交通安全を守るための最初の一歩は、教習所での勉強だと思っています。

運転、交通ルール、ひいては車自体を嘗めてしまうかどうかは、教える側がどれだけ真剣に丁寧に教えてくれるかにかかっているのです。むしゃくしゃした気持ちのまま技術を学んでも、身につくものは少ないです。また、車という人を殺せる機械を扱う精神状態としては、全くふさわしくないと言ってよいでしょう。

自動車教習所の教師だからと言って嘗めた態度を取ってくる生徒もいるかもしれませんが、そうでない生徒のためにも、交通安全のためにも、丁寧な説明を心がけてほしいと切に願います。それが1生徒として私が自動車教習所の教師に臨むことであり、全国の交通安全を守ることにつながると思うからです。